今回も歯科疾患に関すること話です。
前回は外観は異常がないのにレントゲンを撮ると歯周病が進行していて歯槽骨の骨吸収を起こしている症例を報告いたしました。
今回は、硬いオヤツは与えていないのにも関わらず歯が折れてしまった犬の話です。
犬の歯折と聞くと第一に上顎の第四前臼歯の平板破折が思いつくのですが、今回は下顎の第四前臼歯が折れてしまった症例です。
歯の破折に関して説明します。
歯の破折には、歯冠のみ、歯冠と歯根、歯根のみの場合とがあります。歯の破折を分類すると、以下の通りになります。
〇単純性破折は歯髄を含んでいない破折
〇複雑性破折は歯髄を含んでいる破折
〇歯軸に対して水平方向の破折を水平破折、歯軸に沿った破折を縦破折
〇歯が破折した場合で歯質に欠損がみられる場合を完全破折、亀裂だけにとどまっている場合を不完全破折
この写真は典型的な破折です。分類は外観だけでは正確には把握できません。歯を温存するのであれば歯内治療が必要になります。歯内治療は難易度が高く、抜歯よりも労力や時間も大幅にかかり、そして治療費も高額になります。また、近年ではマイクロスコープを用いての精密根幹治療も一部施設では行われておりますが、マイクロスコープの歯科医院での普及率は10%未満です。
今回の症例は上顎の第四前臼歯は破折しておらず(上顎犬歯の水平単純破折あり)、右下顎の第四前臼歯だけが完全に根元から折れておりました。完全破折というものです。
写真を見ただけだと下顎の歯肉が一部腫れているくらいで、それ以外は一見するとわかりません。
ただ、歯をいじってみると・・・
根元から歯が折れており、近心根(鼻側歯根)の一部が歯肉となんとかかろうじて付着していただけで、あとは完全に歯肉から外れておりました。折れたところは歯肉によりすでに被われてしまった状態なので、破折からある程度の時間が経過しているのがわかります。
どうして折れたのか?問診をする限り、非常に硬いものは与えていないが、ある程度の硬さのある歯磨きおもちゃは与えていたとのころ。ただし、かじっているとおもちゃはどんどん崩れていく形状のものとのことでした。ということは、破折の原因は外傷性なのか、破歯細胞性吸収が歯頸部で起こっていたのか、もしかすると下顎に腫瘍が出来ております骨吸収が起きた結果なのか等々を鑑別する必要が出てきます。やはり麻酔下での歯科レントゲンが必要になります。
健常な反対側のレントゲン写真です。歯冠・歯根共に綺麗です。
そして、先程、歯が完全破折してしまった部位のレントゲン写真です。丁度、歯頚部・歯根分岐部でパッキリ水平に折れてしまっています。歯根はしっかりとしており、下顎骨も異常がなさそうです。また破歯細胞性吸収病変とも違うようです。つまり、外圧により歯根破折した可能性が一番高そうという診断になりました。
診断がついたところでさっそく治療です。歯石除去を行い、口腔内を洗浄したとに残根の抜歯を行います。
歯肉を切開し、歯槽骨を露出しましたが歯根は見えないのでマイクロエンジンを使って歯の周りの骨を慎重に少しずつ削って残根歯を露出させます。残根の頭が出てきたらエレベーターを歯と骨の間に入れて少しずつ梃子の原理で歯根膜を切断し、歯を浮かせます。そして、歯を抜きます。
途中で折れることなく残根を取ることができました。拔いた穴を洗浄・エアーを使って確認し、異常がないことを確認したら粘膜を縫って創部を閉鎖します。
最後にレントゲンを撮影し、残痕がないか下顎に異常がないか確認して手術は終了となりました。
今回のような歯根部の破折はフレンチブルドッグ等の短頭種に比較的多く見られます。ただの亀裂の場合もあれば、ポッキリ折れてしまう場合もあり、口を開けての肉眼での視診だけでは評価は困難となります。噛むときに躊躇していたり、痛がっているという場合には、麻酔下での検査にはなりますが歯科用レントゲンにて確認することが必要になります。
以前は鎮静下にてDRを使って顎と歯根の状態をDRレントゲンで事前に撮影していましたが、大まかには全体像を把握することはできても、微妙な細かい所は判断が難しいのです。
せっかく麻酔をかけて行いますので、現在は予防歯科で処置をされる患者様には全て歯科レントゲン検査を実施しております。