前回は歯の本体である象牙質について説明しました。

今回は、歯内治療とはどのように行われるを説明します。
歯内治療は、歯の内部にある歯髄(神経や血管等)が損傷されたり、感染したりした場合に行われる治療法です。
大まかな手順は以下の通りになります。

①機械的根管拡大、感染歯髄の除去
②化学薬品による根管内の殺菌・洗浄
③根管充填・封鎖
④歯冠修復

①の機械的根管拡大ならびに感染歯髄の除去について説明します。


人歯のイラストを用いて説明すると、まずは歯冠のエナメル質と象牙質を歯髄に到達するまで切削します。
エナメル質は固いのでカーバイドバーを用いて削ります。治療が可能な最小限の切削にしておかないと歯の強度が落ちます。
当然の事ですが、生きている歯髄内に切削が到達した場合は孔から出血します。もし、完全に壊死していたり、根管が閉鎖している場合は出血しません。

孔をあけるポイントは犬の場合、上顎第四前臼歯の場合は歯根が3本ありますのでそれに応じた切削が必要になります。上の写真の様にアクセスポイントを開孔し、歯髄腔に到達したら汚染された歯髄の除去を行います。

その際に使用するのがファイルという特殊な道具を使います。

歯科用ファイルは、歯科治療で歯の内部にアクセスし、歯の根管内部をきれいにするために使われる特殊な道具です。これらのファイルは、金属製のワイヤーで細いドリル状の針の形状をしています。用途に応じて様々な形状やサイズがあります。

根管はまっすぐだけでなく、曲がったり湾曲したりすることがあります。特に臼歯の根管は曲がっています。そして、先端に行けば行くほど細くなっていたりと複雑な形状をしている為、何種類ものファイルを用いて、根管の拡大と歯髄の除去を行っていきます。細かく説明すると大変なので割愛します。
当院では昔ながらのステンレスファイルとNiTi(ニッケルチタン)ファイルを使用しています。
NiTiファイルは、従来のステンレス製のファイルと比較すると弾力性が高いため、途中で折れるリスクがステンレスよりも低く、曲がった根管にも追従するため、パーフォレーション(穿孔、根管とは異なる部分に誤って穴が開いてしまう状態)を回避できます。
NiTiファイルにて切削するにはエンドモーターと呼ばれる器具が必要になります。

②根管拡大と歯髄の除去が終わった後、化学薬品による根管内の殺菌・洗浄を行います。

基本的には、ファイルによる根管拡大と歯髄の除去を行っている最中も次亜塩素酸ナトリウムという化学薬品液を使って根管内の殺菌・残存歯髄の融解作業を行っています。歯内治療をしたことがある方は「なんか塩素臭いかも」と感じたことがあるかもしれませんが、まさにそれです。いわゆるハイターで殺菌消毒しています。

この化学薬品は生体には毒性がありますので、歯内治療にはこの次亜塩素酸ナトリウムをこれでもかという量をつかってじゃぶじゃぶ根管洗浄します。その為、必ずラバーダム防湿を行い、歯の外に洗浄液がもれて生体にダメージを影響を与えないようにしなくてはなりません。
下の写真は根管内に洗浄液を注入している所と、薬剤が反応しシュワシュワと泡が出ている術中動画の切り抜き写真です。
ただ注入しただけでは根管にこびり付いている歯髄を完全に除去はできないので、当院ではエンドアクチベーターという音波を使って洗浄水を振動させて、その振動により生まれる水流の力を使って根管内を洗浄していきます。
この洗浄には色々な方法と専用器具がありますが、予算の関係もありますので、当院ではエンドアクチベーターとXPエンドフィニッシャーを使用しています。


③根管の洗浄が終わたらガッタパーチャ(根管充填の際に用いられるゴムに似たもの。以下GPと略します)を根管内へ注入し封鎖します。

GPは固体ですが熱を加えると軟体となり、その性質を活かし細い根管内に充填し、根管内を封鎖します。
ただし、熱で軟化しますが冷えると固まるゴムの為、それ自体に殺菌作用はなく、太い根管を満たすことはできても細い側枝と呼ばれるものに対応できなかったりする為、それ単独だけでは完全に封鎖することが出来きません。
それを補う形で水酸化カルシム系の根管充填材というものを先に根管内に注入し、その後にGPを注入することで根管充填し閉鎖します。

当院では根管充填材にBIO-Cシーラーというものを使用しております。
このBIO-CシーラーはpHが11~13と強いアルカリ性を維持できるため、根管内の細菌に対して強い抗菌性があります。何度洗浄してすべての細菌を完全に殺菌できるている保証はありません。象牙細管内に細菌が残っている可能性もある為、シーラーで象牙細管内とGPでは密封できない根管内の隙間をこれで抗菌します。


当院ではガッターパーチャポイントという棒状のものをしようしないでオブチュレーションガッターと呼ばれるGPを軟化させたものを根管内に器具を使って根管内注入して封鎖しています。
これにより棒状形状のように隙間を埋めるための側方加圧というテクニックを使用しなくてもよくなり、かつ奥の方に遠心力を使ってGPを押し込めるために先端の根管充填には適しています。
GPポイントと呼ばれる棒状の物の方が値段はものすごく安いのですが、当院では根管尖部への充填を確実に行いたいため、オブチュレーションガッターというものを使っております。
充填が終わったら余剰なシーラーとGPを洗浄して取り除きます。

④次に削った歯髄腔と歯冠をコンポジットレジンを使って充填していきます。

歯髄腔は空洞になっていますので、このままでは歯の強度が非常に弱い為、歯が割れてしまいます。
コンポジットレジンとは、ベースレジンとフィラーという粉末を主成分としたプラスチック樹脂の事です。人の虫歯の治療後に穴に詰める白っぽいアレです。プラスチックといっても強度は申し分ありませんので、切削した歯髄腔内へ充填します。
コンポジットレジンとは青い光を当てて樹脂を硬化させる(光重合)関係上、歯髄腔内には光が届きづらいので薄く少しずつ入れては光を当てて固めるという作業を行います。

作業中はレジンが固まらないようマイクロスコープにフィルターをかけて青い光を遮断しながら作業を行います。
写真が黄色っぽくみえるとのはその為です。
コンポジットレジンには歯と接着させるためにボンドをつけてレジンが取れないように処置をした上で、レジンを注入します。

この作業なのですが、地味に難しくてゆっくりごく少量ずつ入れても、微量な気泡が入ってしまいます。気泡が入るとレントゲン写真に黒い丸の出来上がりです。小さな気泡の場合は、強度的には問題がなく、細菌も周りで完全密封されてしまっている為、悪さすることもありません。ですので、治療結果には影響はありません。施術者側のメンタルな問題で、できれば綺麗に仕上げたいのです。

これで歯髄腔内へのコンポジットレジンの充填は終わって、次にラバーダム防湿を外して破折した歯冠を修復します。


破折部位を歯冠修復した後の写真です。肉眼的には他の歯との違和感はあまりなくなります。
下の写真は歯内治療前の歯石を除去した後に撮影した破折歯の写真です。

最後に、歯科用のレントゲンを撮って仕上がりを確認します。

一部、歯髄腔内にGPが微量に残っていたようでレントゲン上でそれが露呈してしまいます。
見る人が見ればわかるこの歯の写真ですが、一部の根管で根尖部までGPが入っていない所があります。
これは閉鎖根といって根管が石灰化してそれ以上ファイルで切削できないことによるものです。
ファイルでつつくと石を叩いているようなカチンカチンという感覚があり、それ以上は無理して穴をあけられない状態になります。この場合は、閉鎖している部位までを根管拡大・洗浄し充填します。

歯内治療の治療に関する話はこれで終わりです。
どういう感じで手術をしていくのかという大まかな流れを説明させていただきました。
この治療、非常に時間がかかります。
動物医療の場合は、全身麻酔をかけないと施術ができないという状況ですので、複数回に分けて施術を行うことができません。その為、1回の麻酔で全てを終わらせる必要がある為、3時間近くかかってしまいます。

手慣れた熟練者ではあれば、条件がよければ2時間位で終われるとの事ですが、なかなか難しいです。
麻酔時間短縮の為に早く終わることも大切なのですが、歯内治療は根管内の殺菌消毒が目的になりますので、洗浄を中途半端にするわけにはいかなく、確実に治療するためにはそれなりの時間を要してしまいます。
スケーリングと歯周外科をやってから歯内治療となると4-5時間かかりますので、通常分けて行わさせていただいております。

歯内医療はあくまで歯の温存を目的とした治療であり、すべてに適応されるわけではありません。
施術後も経過観察が必要になり、複数回の麻酔下でのレントゲン検査や歯周病治療が必要になります。

もし、破折し露髄した歯の治療で複数回の麻酔をかけるのが難しかったり、プラークコントロールが全くできないという場合には、1回で治療が終われる抜歯を推奨します。これらは飼主様と相談した決めることになります。

歯内治療も抜歯も、最終的な目標は「痛みをとる為」です。
抜歯しかできなかった旧来と比べて飼主様へ、治療の選択肢を増やせたので、時間と費用をかけて技術を学んでよかったと思います。