当院では対応していなかった根幹治療に関する技術習得に時間を割いていた為、ブログを全く更新できませんでした。冬に入り、空き時間が増えてきたのでまた少しずつ更新していきます。
若齢犬における身体検査にて本来あるべきところに「歯がない」という事が結構見られます。
歯がない原因はいろいろとありますが、若齢犬においては次の3パターンを考えます。
歯が生えてくる状態を「萌出(ほうしゅつ)」と云いますが、未萌出には「先天性欠如」、「萌出遅延」、「埋伏」が考えられます。
・先天性欠如:永久歯が生まれつき足りない状態
・萌出遅延:永久歯への生え変わりの時期よりも大幅に歯が生えるのが遅れている状態
・埋伏:歯が歯茎または骨に完全に埋まっていることで生えてこない状態
先天性欠如は、生まれ持ってその歯が欠如している状態であり、犬の場合は色々と品種改良されている為、骨格も異なり頭蓋骨が小さいチワワ、顎が短い短頭種において先天性欠如が好発で見られます。これらは遺伝的な問題なのですが、そういう犬だからないのが当たり前なのではなく、実は隠れている場合もあるので注意が必要です。必ず左右を確認します。
萌出遅延は、原因が色々とあり一概には説明できないのですが、栄養状態や内分泌ホルモン異常、骨格の問題、残存乳歯の影響、歯列異常等が考えられます。また、硬い歯肉が原因で歯が被覆されて出てこられないということもあります。その場合はタケノコみたくぽこっと歯肉が盛り上がっていることが多いです。見た目だけでは全く分からないこともあります。
埋伏とは、見た目では歯がないけどレントゲン上では歯がある状態で、歯肉内または歯槽骨内に埋まってしまって出てこれない状態の歯です。チワワやシーズー、パグ、ボストンテリア等の短頭種において見られることが多く、未萌出歯の約60%が下顎第1前臼歯で発生しており、口腔内における嚢胞の約70%が含歯性嚢胞であるという研究データがあります。診断はレントゲン撮影でないと出来ません。
では、先天性欠如を口の写真と歯科用レントゲンではどうなっているのか説明します。
通常の上顎の歯列(口にある歯の並び。歯並び)は切歯3本、犬歯1本、前臼歯4本、後臼歯2本です。
左側の上顎は写真では一部見えていませんが10本あります。
変わって右側の上顎は犬歯から数えて3番目の歯(赤〇の所)がありません。歯列が9本しかなく1本少ないです。
赤〇で囲った所が本来歯があるべきなのですが、ありません。
つまり、先天性欠如歯という事になります。
歯科用レントゲンを撮ればすぐに分かりますが、後述する埋伏歯の可能性も0ではない為、視診のみで判断することは難しいです。その為、確定診断は歯科用のレントゲンにて行います。
若齢犬で乳歯抜歯を行う際に歯科レントゲンを撮影する意義はこういうものをしっかり確認することが出来ることにあります。
次に萌出遅延ですが、手元に良い写真がなかったので、若干ニュアンスは異なりますが、こんな感じと思っていただけば幸いです。
これは猫の口ですが、赤〇で囲った部位に歯があるのですが埋まってしまって、少しだけ歯が見えています。この状態、乳歯が抜けてからも2カ月経過してもこの状態が続いていたため歯肉が硬いから出れてこない可能性を考えました。他の歯でも歯肉炎も起きています。炎症が原因で歯肉が腫れているだけかもしれませんが、触っても血がでなかったので硬い歯肉だったと記憶しています。
処置はいたって単純で、歯を被っている歯肉を切開して開いてあげればよいです。今回は歯の頭が見えており、歯の周りを硬い歯肉が覆ってしまっていたので炭酸ガスレーザーを使って余分な歯肉を蒸散させて歯を露出させました。1週間後には綺麗になっていましたが、猫なので意識下で写真を撮るのが難しく、綺麗になった口の写真は撮れませんでした。
典型的な萌出遅延の症例が来たら、別の機会に紹介いたします。
次に埋伏歯ですが、当院は歯科専門病院ではないため、埋伏歯の症例が少なく歯科用レントゲンがなかった頃に来院された症例で説明します。今回の歯埋伏歯の紹介というよりは、埋伏歯の影響で発症した含歯性嚢胞の紹介になります。
主訴は左下顎が腫れているです。見ての通り下顎の皮膚から下唇が腫れています。本来なら切歯・犬歯・前臼歯が生えている所なのですが、歯肉が腫れている為、歯が見つけられません。あるのかないのかどっちなんだい?という状態です。
歯科用ではなく、通常のレントゲン撮影にて顎骨の状態を確認しました。
いま使っているDRというレントゲン読み取り装置ではなく、CRという前時代のレントゲン読み取り装置の写真なので、画質の荒さが目立ちます。今思うと、よくこれで診断していたもんだと技術の進歩を実感します。
視診では確認できなかった犬歯や前臼歯が確認できます。つまり、歯肉内に埋まった歯=埋伏歯という事が分かります。埋伏歯があるとどうしてこうなってしまう(嚢胞形成)のかは長くなってしまうので割愛します。
新しい症例が来たらその際は、歯科用レントゲンをしっかり撮って説明をしたいと思います・・・。
治療方法は埋伏した歯を掘って抜歯になります。歯肉内に埋もれている場合は、歯肉切開をおこなって抜歯になりますが、薄い骨の中に埋もれている場合もあるため、超音波等で歯を被っている薄い骨を削って歯を露出させて抜歯します。
今回紹介した症例は嚢胞が形成されてしまってからの処置でしたので、嚢胞を切開し、そのまま抜歯しました。
嚢胞が形成された粘膜は綺麗に除去しないとまた嚢胞が形成されるので、マイクロスコープで見て綺麗に除去してあげるとgoodなのですが、当時はマイクロスコープないし、老眼もなかったので一生懸命、裏側の組織をコシコシ除去した記憶があります。
これらは若齢動物に見られる「歯がない」という話でしたが、高齢になるにつれて起きる外部吸収という病態もあります。
昔はあった気がする、でも抜歯した記憶もないし、抜けた記憶もないんだけど歯がありませんという状態はこの可能性があります。
下の顎の歯列は切歯3本、犬歯1本、前臼歯4本、後臼歯3本の合計11本です。
写真は右側の下顎4前臼歯がありません。これは上述した先天性欠如でしょうか?
左側の下顎は前臼歯4本あります(1本舌で隠れています)。
先天性欠如の可能性がありますが、レントゲン写真を撮って確認を行います。
赤〇で囲った所ですが、おや?歯冠はないけど、歯根が確認できる。それに隣の歯も歯根がなんか薄い(黒くなっている)。
これは前述した先天性欠如ではなく、歯が内部または外部から起きた吸収病変により歯が溶けてなくなった結果、「歯がない」状態になっていたという事です。過去の診療記録から他院でも当院でも抜歯した記録がないので、抜歯時における残根の可能性がないことが分かっています。
ちなみに、左側の下顎歯のレントゲン撮影をしてみると…
歯が歯冠から歯根に向かって溶けているのが分かります。痛みの原因になるので、この歯は抜歯しました。
結論から申し上げますと、若齢犬では歯がない場合は欠損や萌出遅延、埋伏の可能性が高いが、高齢犬では欠損や埋伏のほか、外部吸収の可能性を考えなくてはなりません。もちろん、歯周病で歯が抜けたという事も考えられます。
その為、「歯がない」場合、レントゲン検査を実施することが望ましいです。
ですので、歯科処置を行う時は一見健常に見える歯であっても歯科用レントゲンを撮影し、歯根部に問題ないかを毎回確認します。