繁忙期が終わり、通常診療に復帰したので、ブログを書く時間が取れました。
これからまた猛暑になると思うと憂鬱です・・・。

今回は若齢にも関わらず歯周病になり、抜歯せざるを得なかった犬の症例に関してです。

当院では診察時における身体検査で、可能な限り口腔内を視診にて確認しています。
今回の症例も同様に春の予防接種や健診を目的に来院され、身体検査を実施しました。

切歯に歯周病が発生し、歯肉の充血・腫脹が発生している所があり、飼主様もそこを気にしていたことから、審美性を保つために麻酔下にて歯科レントゲンにて確認し、早めに治療をすることになりました。

飼主様は歯磨きを毎日欠かさずにやっている為、肉眼的には歯石は気になるほど付着しておりません。
歯列や歯の構造上、磨き残しがあり歯石が付着している所はありますが、十分に歯磨きされていると思います。
この事から歯周病の原因が、もしかしたら歯磨きのしすぎによる歯肉へのダメージが原因かもしれないと考えられました。

患者さんの外観写真です。どこが悪いかわかりますでしょか?
正直な所、裸眼で視診するだけだと評価は難しいです。

私も視診だけでは全く分からず、麻酔下をかけてプロービング検査&レントゲン撮影を行ってやっと病状が分かりました。
頬側(歯の外側)の歯肉溝にプロービング検査したところ深さは1mm未満でポケットは形成されていませんでした。
ただ、歯に触れたときに軽度の頬側-口蓋側にへの動揺があったので「あれ!?」と思って口蓋側(歯の内側)を確認しました。

PPD(Probing Pocket Depth)が5mmもあり、かつ出血しました。通常は1mm未満で出血もしません。
検査時における出血の有無(BOP:Bleeding On Probing)は、プラークによるポケット底部の炎症を反映する重要な指標です。

因みに、同部位の歯のレントゲンの画像です。
他の歯は歯根に隣接するように歯槽骨があり、歯根膜腔という空間も綺麗に確認できます。
右側の大きな歯が犬歯です。その次の歯が第1前臼歯で、今回PPDが深くなっていた歯です。

レントゲンで見れば一目瞭然です。
骨がほぼ水平に骨吸収(黒い領域)されており、根尖(歯の根っこの先端)の1mm未満で歯を支えていました。
プロービング検査を実施したときに、出血だけなくプローブを抜いた際に、実は排膿がありました。

体位を横臥位(横向き)から仰臥位(仰向け)に変更し、詳しく確認作業を行いました。
飼主様への説明用に記録している動画からの抜粋画像です。
動画であればどんどん膿が出てくるのが分かるのですが、ブログの関係上、臨場感のない静止画のみになります。
レントゲン上では骨がないので何もない空間の様に見えていますが、骨がないだけで歯の周りには膿と炎症組織でいっぱいに満たされていたという状況です。

プロービング検査はあくまで深さを探る検査道具なので、キュレットと呼ばれる道具に切り替えて膿をかき出してみました。静止画なので分かりませんが、結構な量の膿が採取されました。
また、口蓋側
(歯の内側)はキュレットやプローブが入る隙間があるのですが、頬側側(歯の外側)は歯と歯肉がしっかりと接着していた為、隙間はありませんでした。
歯の動揺性の有無は歯の予後判定の重要な指標になります。
今回の場合、膿や炎症性組織をキュレットで全てかき出したところ、動揺性が著しく酷かった為、抜歯をしました。
歯の動揺がなかったら、もしかしたら抜歯しなくてもよかったかもしれないのですが、歯の4面(口蓋,頬側,遠心,近心)全ての骨が水平に欠損し、かつ動揺が重度、また高額な骨再生治療薬を使って骨を再生させたとしても以前と同じ状態に戻せる可能性が微妙、かつ対費用効果として咬合に影響がない歯の為、審美性以外に得られるメリットがなかったことなどから抜歯という判断になりました。

抜歯時は歯肉溝に沿わせて、トンネリング インスツルメントと呼ばれる骨膜剥離子を挿入し、頬側の歯と接着している歯肉を剥離切断しました。メス刃でもよかったのですが、今回は歯肉を傷つけないようにトンネリングを使用しました。

抜歯後に不良な炎症細胞が残らないように全てかき出し後にしっかりと洗浄し、穴を6-0吸収糸で縫合しました。

今回、肉眼的には歯周病がなかったのにも関わらず、歯周病を起こしてしまった原因を考えてみました。

飼主へ術後説明をしている際の話を聞いていると、布の引っ張りっこをさせていたことが判明しました。
かなり強い力で引っ張りっこをしていたとの事なので、外傷性歯周病が起きたのではないかと推測されます。

歯周病の1つの要因として外傷性咬合というものが人ではあります。
所謂、力強い食いしばりによって歯周組織が押しつぶされ、その結果、血行障害が起こり歯周病を引き起こすというものです。歯ぎしりとか、ストレスで力強く噛んでしまう等…

私もかかりつけ医から力強く噛んでいるので咬耗が起きているので注意が必要と何度か指摘されていました。
最近はマイクロスコープで手術することが多く、頭が下向きにならず顎が水平になっているので、むしろ口を少し開けている状態の為、強く噛んでしまう事がほぼなくなりました。

今回の歯周病も歯肉退縮や歯肉充血等がなかったことから、プラークが原因の歯周病とは異なり、歯根部に強い外圧が度重なり加わわった結果、歯周組織に炎症を起こし出血、口蓋側から細菌が入り込み、嫌気状態(酸素が無い状態)になって歯根周囲で継続的な感染・炎症が起こった事で骨吸収が起きてしまったのではないかと考えました。

普通に噛むだけであれば歯根に対して垂直方向に力が加わるだけですが、布の引っ張りっこによって、人間の歯ぎしり(ブラキシズム)のように水平方向にもより強い咬合力が加わるために歯周組織が破壊されたのだと思います。
どんな状況かを分かりやすい表現で云うと…
釘を木から抜くとき横に力を掛けながら抜くと穴が大きくなってしまうような状態というイメージです。

なので、硬いものをかじって垂直方向に強い力が加わりすぎる事も歯にはよくないですが、布を強く引っ張っりすぎる行為も水平方向への圧力が発生するため、それが今回のような歯周病の原因になりうる可能性があるという事を理解しておく必要性があると思います。
切歯では比較的見かける機会が多いのですが、前臼歯でも起きる事があるんだなぁと思いました。
あくまで推測なので、本当の原因は分かりません。